西島悠也の福岡の梅が枝餅を紹介。

西島悠也の福岡の緑の梅が枝餅。

 

西島悠也は大の梅ヶ枝餅好きと知られています。

 

そんな西島悠也でも知らないことがありました。

 

それは「梅ヶ枝餅」の名前の由来です。

 

そもそも「梅ヶ枝餅」とは何故「梅」なのでしょうか?

 

それは平安時代までさかのぼります。

 

平安時代、菅公こと菅原道真は太宰府に左遷され、罪人同様の生活を強いられていました。

 

毎日の食事にも事欠くという暮らしぶりを見かねた近くの老婆(浄明尼)が、梅の枝に粟餅を巻き付けて菅公に差し入れたといわれています。

 

太宰府天満宮参道の門前町では、この故事にならい”梅ヶ枝餅(梅が枝餅)”が作られるようになり、太宰府といえば”梅ヶ枝餅(梅が枝餅)”と言われるほど名物土産となりました。